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コピーとオリジナルの観点から見たドイツと日本の民衆歌謡の比較考察
嶋田 洋一郎
 本研究の目的は、18世紀から19世紀にかけてのヨーロッパを中心とする国民国家の形成期にあって、ともに近代化の後発組であったドイツと日本の民衆歌謡の形成過程を、コピーとオリジナルという観点から比較考察することにある。そもそもコピーとオリジナルは、原作とその模倣あるいは物真似として二項対立的にとらえられる傾向にあるが、本研究では、18世紀のドイツの思想家ヘルダーの「コピーするオリジナル」という言葉を手がかりに考察を進める。なお以下の報告は、本研究の基礎的な部分に関するものである。

 「コピーするオリジナル」という言葉は、ヘルダーの翻訳観と不可分の関係にある。文学や芸術の面でもイギリスやフランスに立ち遅れていた18世紀のドイツにあって、ヘルダーにとっての翻訳者の使命は、外国語から母語への翻訳作業を通じて、独自の文学の創作に資するという点に求められる。そのため翻訳者には、「真の翻訳者は同時に哲学者、詩人、文献学者でなければならない」と言われるように、作家と同じくらい重要な役割が与えられる。そのさいドイツにおける翻訳の課題としてヘルダーの念頭にあるのは、母語であるドイツ語の形成と改善という問題であった。

 しかし何より注目すべきは、ヘルダーにとって翻訳という行為が、たんに原典の内容紹介といった再生産のジャンルではなく、創造的な行為として構想されていることであろう。ただ、言うまでもなく翻訳は創作のように無からの純粋な創造行為ではありえない。そこでヘルダーが提示するのは「コピーするオリジナル」という一見矛盾する考え方である。修辞学でいうところの「撞着語法」(oxymoron) 的な発想を翻訳の領域で支えているのは、オリジナルの模倣ではなく、オリジナルとの競合という考え方であり、その目標は、模倣を到達点とすることではなく、他者の模倣を通じて自己の独創性の発見に至ることにある。

 ヘルダーは自らのこうした翻訳観を『民謡集』(1778年)において実践しようと試みる。後にゲーテの作品として有名になり、かつ明治時代以降の日本でも翻訳された『魔王』といった作品は、ヘルダーが『民謡集』において英語からドイツ語に翻訳したものが下敷きとなっている。そのさいヘルダーが翻訳の基本理念としたのは、原典の「音調」(Ton) を保持するということである。すなわちそれは、原典の正確な逐語訳ではなく、作品の精髄を、読者に訴えかける響きに乗せて提示するような翻訳であった。

 上述の『民謡集』には『魔王』のほかに『野ばら』も収録されており、これらの作品はいずれもシューベルトによる作曲と相俟って近代日本の民衆歌謡にも少なからぬ影響を及ぼしたと考えられるが、これについての考察は今後の課題としたい。