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 2009年度九州大学大学院比較社会文化学府・研究院日本研究プロジェクトチーム主催シンポジウム 

 「日本的なもの」の再評価―「知の加工学」の視点から―

   
 
 

★日時、場所

11月3日(火曜日(祝日)) 午後1時~4時半
西日本新聞会館 福岡国際ホール (福岡市中央区天神1丁目4-1西日本新聞会館16F 092-712-8855
 
●開会挨拶
  研究院長挨拶 (田中良之 九州大学大学院比較社会文化研究院教授)
☆比較社会文化研究科の創設以来の研究・教育活動の紹介と、今後の展望について説明。
 
  研究代表者挨拶 (松永典子 九州大学大学院比較社会文化研究院准教授)
☆「知の加工学」プロジェクトにおける日本研究の意義について説明。
日本はこれまで有形、無形を問わず海外から優れたものを取り入れた。それらを輸入、加工し、再び海外に発信する過程を捉えなおし、新たな日本研究の地平を拓くことが本プロジェクトの目的。
その際、制度や慣習、文化といった形のないもの(ソフトパワー)をどう扱うかが大きな課題になることが予想される。従来の欧米の行動科学では捉えきれないこのソフトパワーの加工方法を研究の対象とすることは本研究における重要な作業となろう。
 
●シンポジウムの趣旨説明 (施光恒 九州大学大学院比較社会文化研究院准教授)
☆本シンポジウムの進行についての説明。
 
●基調講演 
·   長谷川 櫂 (俳人)「和の思想」
☆西洋との比較に基づいた近代以降の日本に対して植え付けられたイメージを問い直し、新たな日本像を示すことの必要性。
閉鎖性、慎ましさ、他人真似上手などの日本文化に対する誤解。
日本文化を再考する際に「間」と「和」は重要概念。
高温多湿な夏に対応するための衣服、料理、文字、そして人間関係等における「間」。
八百万神を共存させる精神としての「和」。
日本文化の起源は、「和」の運動体が最も働いた室町時代にある。
受容→選択→変容という加工のプロセス自体が「和」の運動体といえる。
国際化時代において、「和」の運動体自体の輸出が世界に貢献することに。
 
・基調講演(長谷川櫂氏)
基調講演(長谷川櫂氏) 
 
●パネル・ディスカッション
<冒頭発言> 
·   楢原孝俊(福岡医療福祉大学教授)「横井小楠における自然法的天理」
☆横井小楠の第三期(黒船来航を挟んだ時期)の思想的営為から、21世紀における日本の「知の中継地」としての位置や役割を探究する。
横井小楠は、自身が最も活躍した幕末乱世期に「自然法的天理」に基づく開国論を展開。
「有道の國は通信を許し無道の國は拒絶するの二ツ也。」と説いた横井の「有道無道論」は、当時の東アジアにおいて画期的であり、近代的自然法への地平を拓くものだった。
その後、「道の有る所は外夷といえども中国なり。無道になるならば我国・支那といえども即ち夷なり。」と説いた横井は、万国平等の「有道無道論」、すなわち近代自然法的天理を成立させた。
横井は、東西の異文明が価値内在的に理解し合い、交流・共存・共生する論理を拓いた。
日本は「世界の世話やきにならねばならぬ」と説いた横井の国際的連帯論は、現代においても「知の中継地」としての日本を考える際に重要な示唆となる。
 
·  大屋雄裕(名古屋大学大学院法学研究科准教授)「法整備支援と日本の経験」
☆発展途上国における法整備支援の経験から、近代以降の日本が経験した立法やそれにまつわる人材育成過程における「知の加工」について考える。
先進国による途上国の法整備支援には、植民地支配時代の押し付けの名残も見られる。
世界銀行やIMFといった国際機関の支援も、自らの作成したモデルの実行を要請するものとなりがち。
ベトナムやカンボジアで行った支援は、日本の法体系をそのまま輸出したのではない。
現地の文化や慣習に基づいてあがってきた要望とすり合わせたうえでモデルを提案する手法を実施。
この手法には、近代日本の民法制定過程に見られた「選び直し」(=「知の加工」)の作業が介在している。
 
·   松永典子(九州大学大学院比較社会文化研究院准教授)「近代中国人留学生教育における知の加工」
☆文化面での「日本的なもの」の再評価
その背景として、欧米の行動科学では捉え切れない人間活動の出現や、ソフトパワーや感性を対象化することの重要性がある。
 
☆「日本的なもの」のなかに見られる「汲み取る力」
例)「江戸しぐさ」や「気」に見られる相手の精神を「汲み取る力」
(↑他者との関係を円滑にするのみならず、異文化と共生する知恵でもある
 
☆教育における「汲み取る力」
松本亀次郎の中国人留学生教育:文字中心の学習法や口語会話重視の教育法を実践。
松本の漢訳教科書は中国で人気に。(←日本の「知」の輸出例
日清戦争後、中国人留学生は同じ漢字を使う日本語を通して西洋を学ぶ。
日本は、西洋語の新たな概念を漢語で翻訳して、新たな漢語を創造し中国に逆輸出。
中国からは儒学や漢語、欧米からは教育制度や外国語教授法を借用し、新たな形に発展させて海外に発信。
(↑日本が「知の加工」地としての役割を果たす。
 
<ディスカッション>
·    長谷川櫂・楢原孝俊・大屋雄裕・松永典子・(司会)施光恒
施:知の加工地として日本が世界に貢献できることはなにか?
松永:東洋の道徳の見直しの必要性。日本のなかの価値基準・規範の見直しが迫られる。
大屋:日本は摂取することに優れていると思う。例えば日本では多様な国の言語の翻訳書がある。これは相対化する視点を持つことに寄与している。
楢原:日本人は新しいものを創り出すために必要な、学ぶ姿勢や方法論において秀でていると思う。その点をもっと磨くべきではないか。
長谷川:日本のソフトパワーを世界に向けて説明するとき、欧米的価値観との衝突に直面するだろう。日本的なものを欧米的実証主義に則って説明しようとするのか、あるいはしないのかが問われてくると思う。
 
施:高等教育において、身に付けるべき資質・能力とは何か?
松永:多元的な価値観を認められる力を養う柔軟性ある資質こそ必要。
大屋:逆説的な意味で、海外経験と英語能力。海外経験は、ものごとを相対化する際に求められるし、英語は外国人に対して自説を説得するときに重要なものだから。
楢原:異質な考え方を統合していく際に求められる能力としての教養。
長谷川:他者への想像力。自分の世界観が絶対ではないことを認識するために必要。
 
施:「汲み取る力」が話題に出たが、その能力を鍛えるにはどうすればよいか?
長谷川:俳句は17文字しかない。そこでは、言葉になっていないことを汲み取ることが求められる。「汲み取る力」を考える際、先述の「気」という概念が非常に重要ではないか。
 
施:「知の加工」と九州という場所との関連性を考えた際、九州大学だからこそ出来る取り組みとはどのようなことか?
大屋:九州は名古屋などと比較して、地縁関係を重視していて、地元への定着意識やUターンする傾向が強いように思う。これは新しいものを取ってくるだけでなく、それを還元する土壌があるということだから「知の加工」という作業にとって大切な要素ではないか。
 
●閉会の辞
服部英雄(九州大学大学院比較社会文化研究院副院長)
 
記録:九州大学大学院比較社会文化学府日本社会文化専攻博士課程1年
水野 崇
 

2010年度 P&P「知の加工学」シンポジウム 
●日時:12月11日(土)13時30分~16時30分
 場所:伊都キャンパス稲盛記念館1FホールA,B
 
テーマ:「知の加工学」からみた日本の技術経営
 
▼プログラム 趣旨説明:吉岡斉教授
総合司会:三輪宗弘教授(九州大学・記録資料館館長)
パネリスト
発議1:北陸先端科学技術大学院大学・梅本勝博教授「日本企業における技術経営」
発議2:北陸先端科学技術大学院大学・伊藤泰信准教授「ビジネスによって加工される学的知:産業系エスノグラフィをめぐって」
発議3:九州大学経済学研究院・高田仁准教授「日本における産学連携」
発議4:九州大学比較社会文化研究院・吉岡斉教授「日本の原子力メーカーの国際戦略」 
総合討論

■シンポジウム風景

シンポジウム風景