アーカイブ |
TOP
TOP : 2012年度前期総合演習「知の加工学」第2回(5月11日)
投稿者 : admin 投稿日時: 2012-04-26 17:21:14 (1258 ヒット)

2012年5月11日(金)4限・5限
場所:比文言文棟4階第8セミナー室

●報告タイトル
清末の日本語教科書にみる知の技法―教師・学習者・共作の教科書の比較を通して―
●報告者:松永 典子(プロジェクトメンバー・日本語教育)
【要旨】
本研究は、第一次日本留学ブームとも言える明治期(清末)に大量に日本へ留学し、あるいは中国本国で日本語学習・研究に携わった中国人日本語学習者たちが日本語学習を通して、何を受容し、加工し、発信していったのかという点に関心をもつものである。
近代日本に留学してきた清国留学生たちは、日本語を通して西洋の学問や技術を学び、自国の近代化を早急に促進するという使命を抱き、まず日本語学習に取り組んでいった。留学生らは日本語学習と同時に専門諸学を学ぶために、日本語教科書や文法書、辞書を必要とした。こうして作られた日本語教科書類は、A学習者自らが編纂したもの、B教師が編纂したもの、C教師と学習者が協力して編纂したものの3種に大別できる。さらに、文部省発行の『小学読本』も教科書として使用された。特に、学習者自らが日本語教科書類の執筆や編纂に関わったということは特筆されるべき事項である。この時期の中国人学習者は日本語学習を通して、何を受容し、加工し、発信していったのだろうか。
本研究では、当時の中国人学習者の知の受容・加工・発信のプロセスと知の技法を明らかにするため、「知の加工」という観点から、日本人教師作成のもののうち、当時、最も中国人学習者に使用された『言文対照漢訳日本文典』(1904)を、同時代の中国人学習者作成のもので代表的教科書とされる『日語独習書』(1903)、日中合作のもの『實用東語完璧』(1906)と比較対照する。比較の観点としては、西洋言語学、中国伝統言語学など言語学的な側面からの影響関係に加え、情意的・文化的側面についても考察を加える。
日本語自体まだ口語が確立していない時期に編纂された、こうした日本語教科書類は、執筆者・編纂者の日本語観や日本観、ひいては文化観、教育観、学習観(ビリーフ)のみならず当時の混沌とした日本語の諸相を自ずと反映するものになっていると考えられる。また、第一次留学ブームの時期の日本語教師、学習者の知の加工方法を比較することは、中国人留学生の学習目的に即した日本語教育方法を考える上で普遍的な機軸を探ることにつながると考える。 


印刷用ページ 

投稿された内容の著作権はコメントの投稿者に帰属します。