You Tube 九大比文 公式チャンネル
九州大学大学院比較社会文化学府・研究院の公式チャンネルを開設しました。
トップ  >  インタビュー
 インタビュー  
 
 
歴史的景観の保全について語る ―シンポジウム・田染荘小崎への招待―
 
お 話:比較社会文化学府教員 服部 英雄
聞き手:比較社会文化学府教員 阿部 康久
 
阿部: 本日は、平成22年12月19日(日)に九州大学西新プラザにて開催されるシンポジウム『田染荘小崎への招待』を企画されている服部英雄先生に、中世の歴史的景観の保全事業の意義と現状、課題などについて、お話を聞かせて頂きたいと思います。さて、事前にチラシを拝見させて頂いたのですが、この田染(たしぶ)荘小崎という地区(大分県豊後高田市。アドレスはこちらです)は、中世の荘園だった時代の景観が保全されていて、国選定重要文化的景観に指定されているそうですね。一見、どこにでもありそうな農村の風景ですが、すごく価値があるものなのですね。


(写真:シンポジウム『田染荘小崎への招待』のチラシ)
画像をクリックすると拡大版が表示されます。


服部: たしかに一見、どこにでもありそうな風景ですが、実は貴重なものです。元来、田染荘がある国東半島は、国宝富貴寺や熊野磨崖仏、真木大堂、仏の里など、仏教文化に関する多くの文化財に恵まれています。この国東仏教文化を育んできたものが、村里(中世荘園)です。しかしながら、このままでは10年後や20年後には、このような貴重な景観は、失われてしまう可能性があり、中世荘園の景観を保全することは、大変意義があることです。
以前は、このような文化的景観が、注目されることはあまりなかったのですが、30年前くらいから、学界や有識者の間で関心を持たれ始めるようになりました。荘園史料に書かれている地名がそのまま残っていたりしたからです。そんなころ日本が世界遺産条約に加盟して、それまでの日本の文化財行政にはなかったlandscape、景観の保存が課題となりました。文化財保護法が改正されて、それから行政や地域住民の方々の間でも、保全への取り組みがなされるようになってきました。そして、ついに今年(2010年)、この田染荘小崎地区は国の重要文化的景観に選定されることになり、『国宝級の景観』であると認めてもらうことができました。

阿部: 服部先生も『景観にさぐる中世』、『地名のたのしみ』、『峠の歴史学』などの著書を記されていますが、これらの著作も、広く社会に対して歴史的景観についての理解を深めることに貢献されているのだろうと思います。とはいえ、小崎地区でも、このような歴史的景観を保全する際には、色々と難しい問題もあったのではないかと思います。





服部先生のご著書『地名のたのしみ』(角川ソフィア文庫,2003年,660円)と『峠の歴史学』(朝日新聞社,2007年,1470円)。比較的低価格で入手が容易なものを掲載しました。服部先生の他の著作については、服部先生のホームページをご参照下さい。

服部: 保全の経緯を説明しますと、実は、一時期、圃場整備事業(機械化に合わせて水田を画一的な区画に整備する事業)を実施することに決まりかけた時期もあり、保存されることが決まったのは、奇跡的だったと言っても良いくらいです。小崎地区では、保存への協議は平成2(1990)年頃から行われていたのですが、なかなか地元の合意を得ることができず、平成11(1999)年3月には、小崎地区住民からは、「圃場整備実施が地元総意である」という表明がなされたほどでした。地元で農業をしている方々にしてみれば、いくら「貴重な景観」だと言われても、未整備のままの農地では、機械化を進めることが難しいわけです。ですから、国から文化財として指定され、保存の対象となるのを「ありがた迷惑」だと思う人もおられたと思います。ところが、この前年(平成10年)に市長に就任されていた永松博文市長が、学界などの保存要請や農水省の働きかけを受けて、方針を変更して下さり、それがきっかけで保全事業が進むことになりました。そして、先の声明からわずか半年後の平成11(1999)年9月には地元の方針が変更され、景観保存を前提として「荘園の里推進委員会」が結成されることになりました。

阿部: そんなに複雑な経緯があったのですね。その後は、比較的順調に保存事業は進んでいるのですか?

服部: 平成12(2000)年からは、「荘園領主」制度という名称で、田圃のオーナー制度を導入しました。主に都市住民の方々に田圃を保有してもらい、地元の方々が、生産を請け負うという制度です。開始当初には29口の申し込みがあり、その数も参加者は年々増加していき、現在は147口の参加があります。阿部さんも、10口ぐらい参加して下さいね(笑)。ちなみに1口で30,000円です。

阿部: いや、そこまではちょっと・・・。

服部: 私も荘園領主になっていますが、1年に3回ほど、おいしい新米や銀杏、まこもなどの農作物を送ってもらえます。院生たちも出資してくれて九大田染応援チームとして、田植えや稲刈りに参加しています。田染では、この他に、農村民泊(都市住民に農家に宿泊してもらい、農作業や農村生活を満喫してもらう制度)や「ホタルの夕べ」といった交流事業を実施して、都市住民の方々に、保存事業への理解と支援を呼びかけたりしてきました。さらに、平成19(2007)年12月に、皇太子さまが、同じ大分県内で開催された「第1回アジア・太平洋水サミット」にて記念講演をされて、田染を知恵のある有効な水利用の事例として紹介して下さいました。このことは、田染小崎地区の住民はもちろんのこと、大分県全体で大きな反響を呼びました。これをきっかけに、翌平成20年には、皇太子の田染行啓が実現し、保存事業への理解は、ますます深まってきています。


(写真:服部先生。冗談も交えながら気さくにお話して下さいました。)


阿部: 大変興味深いお話ですね。ちなみに、小崎地区の農業のどのような点が、有効な水利用をしていると考えられているのでしょうか?

服部: 川からの井堰の水で灌漑し、余った水(排水)はふたたび下の井堰におとして利用するという点です。また、井堰が届かないところにはわき水を利用しています。くわしくは、シンポジウムに参加してくれたら分かります。皆さん、是非、参加して下さい(笑)。当日は、おいしい「たしぶ米」の試食もできますので・・。さて、このような荘園の里推進委員会の活動は、多くの方々から評価され、設立以来、総務大臣表彰を始めとして、多数の機関から表彰を受けたのですが、ついには平成22(2010)年には、国の「重要文化的景観」に指定されました。これをきっかけにして、今後は、荘園領主を大分県内だけでなく、福岡都市圏やさらには全国的規模で増やしていけるよう取り組みを進めていく予定です。また課題として、住民の方々の高齢化にともない、どのようにして保存活動の新たな担い手を育てていくべきかという点や、このような保存事業に対して、大学は何ができるのかという点を考えていきたいと思います。

阿部: なるほど。服部先生は、御著書にて、歴史的景観や地名研究の重要性について、社会にアピールするだけでなく、大学の授業で学外授業を実施して、歴史景観の価値を学生たちに肌で実感してもらうなど、数々の活動をされていると聞いております。

服部: 学外授業では、田染荘以外にも色々な場所に学生を連れ出していて、地域に残されている歴史的現象の痕跡を、学生達に触れてもらうようにしています。田染荘にも、毎年、学生を連れて訪問し、「御田植祭」というイベントに参加してもらっています。田植えの時期は、個人的には、色々と忙しい時期なのですが、毎年欠かさず参加するようにしています。




(写真:「御田植祭」の様子。服部先生の息子さんも参加されているそうです)

阿部: なるほど。大学人の社会的貢献について、大きなヒントを得ることができ、個人的にも大変勉強になりました。ただ、今日のインタビューだけでは、まだまだ分からないことも多いと思いますので、12月19日午後1時からの西新プラザでのシンポジウムには、是非、多くの方々にお越し下さりますようお願いいたします(詳細は九大ホームページ・トップのイベントからも見られます)。それでは、本日は、お忙しい中、まことにありがとうございました。