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九州大学大学院比較社会文化学府・研究院の公式チャンネルを開設しました。
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 歴史を学ぼうとする人々へ  
 
 「歴史の芯」を探る
 
 
「歴史」とは
 歴史学は人間社会やそれと相互関係にある環境の変化を追う学問といえよう。しかし、その変化の本質をめぐり、普遍的なもの(近代化論)あるいは目指すべき未来(唯物史観)への変化・進歩という、従来いわれてきたような歴史をめぐるパラダイムの見直しが自覚されはじめている。「歴史」(の変化)とはそもそも何であるのか。我々歴史を学ぶ者が自らの努力でそれを見つけだすことが必要だろう。
 その際、いくつかの観点が考えられよう。一つは変化をどのような枠組みでつかまえるのかということだ。例えば、主流的、中心的なもののみに目をうばわれるのでなく、傍流的、周縁的なものを関連づけた、全体的な把握が必要であろう。いわば複眼的かつ総合的な枠組みである。ミクロな地殻変動(日常性)がマクロな社会変動(政治・経済問題)といかに連動するのか、あるいは中心から周縁の分離・排除がどのようなメカニズムで生じるのか。ただこのような枠組みで変化を捉えるには、傍流・周縁・ミクロな歴史の解析が不可欠でそのためにはデータ(資料)の広がりと読みの深さが要請されよう。
 歴史の変化とは、先行の時代が有していた価値が後続時代の価値の強制により失われるということでもある。習俗の「矯正」や時間(暦)の統制(国家的)などはそれにあたろう。しかし、むしろ長期的時間
のレンジのなかで各時代に通底する根源的・基層的なものに注目する考え方も提示されつつある。このような視覚は、人々の行動様式や意識・感情まで規制してきた歴史的な社会環境を深く探求することに通じる。同時に、いわゆる「国境」を越えて横へ拡がる可能性もある。つまり例えば近代国民国家の自由・平等というような特定階層のみに保証された価値ではなく、人類史にとってより普遍的な価値の発見にもつながるものであろう。かかる人類史的な一貫性の追求は、価値の発見に止まらず、歴史を通じ人類を悩ませるいわば永遠の問題(例えば飢えや抑圧、それに対する反発)、人間存在の諸問題を捉えることにもなろう。
 
「日本史」をみる視角
 「日本史」の対象は、他の人文社会科学や「日本史」以外の世界史に比べ考えようによっては自明性が高いだけに、思考の枠組みが安定・パターン化しやすいと思われる。しかし、歴史認識の枠組みは大きな揺らぎの時期を迎えている。与えられた基準によってではなく、歴史を学ぶ者自ら客観性ある歴史認識の方途を探らねばならないだろう。「日本史」をフィールドにいわば「歴史の芯」(変化と一貫性に通有する核心)を、様々な角度(開発、権力、境界、村、運動、史料など)から考察する場が、ここで用意されるメニューであるが、固定的なものではなく必要に応じてフォーメーション変化もありえる。
 
拡げられる歴史資料学とフィールドワーク
 上記の問題意識に答えるべく、本学府は他の大学院と較べてもひと味違う方法的な特色を持つ。
1 文献資料(史料)を正確に読む。
2 文献資料(史料)の行間に読む。
3 文献資料(史料)のウラを読む(史料批判)。
4 歴史資料(史料)を拡げる。図像、地名、景観
5 フィールドワークヘ
  中野教授を中心として比文の多くの歴史系教員が参加している『柳川市史』編纂事業では、大学院生が地域の古文書史料の分析を進め、又、積極的なフィールドワークを行い、各村の古老から話を聞くことによって、有明海の干潟平野における生活の実態を明らかにした。
  高野教授は民俗学の成果をとり入れた観点から、近世の人々の生活を叙述して再評価してきた。
  服部教授は福岡県教育委員会による「伊良原地域民俗調査」「五ヶ山地域民俗調査」に大学院生とともに参加した。ダムに沈む村の記憶を掘り起こし、記録する作業を通じて、山に生きた人々の生活がよみがえる。
  地域資料情報講座では、他にも怡土庄故地、若宮庄故地、佐賀県全域の地名調査、長崎県雲仙市棚田調査など多くのフィールド調査を行っている。大学院生独自のフィールドワークの成果は『地域資料叢書』として刊行中である。
『地域資料叢書1 村人が語る17 世紀の村―岡山藩領備前国尾上村総合研究報告書―』東 昇 1997,12,20 刊、『同2 備後国大田庄故地調査報告書』前原茂雄著 1998,3,27 刊、『同3 青方文書の研究』吉原弘道著 1999,11,20 刊、『同4 筑前国怡土庄故地現地調査速報』服部英雄編  1999,12,31 刊、『同5 歴史史料としての戦国期城郭』中西義昌編 2001,3,20 刊、『同6 近代における旧藩主家文書の基礎的研究:「旧柳河藩主立花家文書」の検討を中心に』内山一幸著、『同7 対馬トポフィリアー2003 年村落調査報告書』本田佳奈著
2004,11 刊行、『同8 中世景観の復原と民衆像―史料としての地名論』服部英雄編 2004,6 刊行、『同9 新・韮生槇山風土記』楠瀬慶太著 2008,3 刊行、『同10 怡土・志摩の村を歩く』楠瀬慶太著 2009,3 刊行、フィールドワークの成果は地元新聞社にも取り上げられるなど、注目されている。
  さてこうした方法上の特色を持ちつつ、本学府の各教員は現在下記のようなテーマを追求している。
 
比較社会史の研究

(服部英雄教授ほか関係教員) 
  このテーマは2002 年度からはじまった21 世紀COE プログラム「東アジアと日本:交流と変容」における研究領域の一つです。人文学研究院との協同のもと、新たなアジア/日本認識の形成をコンセプトに具体的には次のような研究課題が構想されています。
・ 日本を含む東アジアの諸社会集団と統治体制の比
較研究
・生活世界の展開と暗黙知の生成の研究
・アジア諸国家における固有法と継受法の研究
・史料の形態・様式・機能の比較研究
  ところで、このプロジェクトは単に研究体制の構築を目指すものではなく、むしろ人材の育成を主眼においたものです。アジアから世界に発信しうる研究者・高度専門職業人の育成を念頭に大学院教育はますます充実した刺激的なものとなっていくでしょう。

 
「境界」を問い直す
 
(高野信治教授・中野等教授) 
  国民国家という概念が相対化されようとする現在、その枠組みの中で育まれてきた歴史研究もこれまでの構造や価値観を問い直すべき地平に立っていると云ってよい。すなわち、日本史研究にあっても「日本」という枠組みを前提としつつも、それを絶対視するという態度では新たな「日本史」像を描ききることも困難であろう。原始古代・中世・近世・近現代といった時代区分についても然りである。大きな時代変革のうねりを一つの「国家」的フレームに納め込み、予定調和的に論断する姿勢は退けられなければならない。また、歴史学の今日的意義を考えるとき、一つの「時代」・「社会」の動きを身分や階級といった視点から二項対立的に論じて事足れりとする訳にはいかない。国民国家がかたちづくった「境界」を取り払うことから、新たな「日本史」研究がはじまるように、ここでの「境界」はこれまでの歴史研究が前提としてきたあらゆる枠組み・構造・ファクターを象徴する。こうした既成的価値観の相対比が比較社会文化学府における歴史研究の第一歩である。
 
「権力」へのアプローチ
 
(吉田昌彦教授) 
  今日の日本史研究において権力というものを考えるとき、非対称型の単一権力システムというイメージが規定性を発揮しているようである。
  この非対称型とは、命令者Aと受命者Bとは非対称的関係にあり命令者Aは受命者Bに対し圧倒的な力を有し、その意志をBに押し付けることが可能、というものであり、国家は一方的な命令者であるとする。この権力観は、国王が王権神授説により独自の正統性を獲得して教皇権威より独立するとともにその力を強め、それまで力を有していた貴族達ら中間的諸団体を形骸化、解体化し権力を一元化させた
という西欧絶対主義王政以降の近代欧米国家の権力形態をモデルとしたものである。
  この権力観は、階層の上下と社会的資源(権力、権威、富、地位など)占有の大小は対応するという社会学の通則に適合しているが、今日、フーコの規律的監視的権力論などにより相対化されている。
  しかし、日本史研究、特にその前近代研究においては、なお、その呪縛から逃れ出ていないような気がする。
  日本の近世においては、中間的諸団体の在地領主が中央統一権力化する一方、「古代王権」の天皇が中央統一権力者に対する正統性付与者として残置しており、非対称型の単一権力システムの基礎を作った西欧モデルと異なっているとともに社会学の通則に齟齬する部分が存在することは明らかであろう。
  このため、非対称型の機械的適用ではない日本前近代の実態に適合した権力モデルの構築が必要であろう。
  その際、単に「上から権力」というモデルではなく共同体などの自律性や利害のなかで派生してくる権力、それらの複数の権力を調整、統合するものとしての上部権力の在り方を検討する必要があろう。そして、かかる分析を通じて近代国民国家、「公」観念の萌芽、もしくは受容の前提の解明につながっていくであろう。